2011年3月11日、東日本大震災

2012年 岩手県陸前高田市、晴れの日はほこりが舞い上がります。以前の道は不通だったり、迷っているうちに、大きな樹に出会いました。

遠くからでも見える山のような高さです。「天神の大杉」という樹齢600年のご神木です。TVでは奇跡の1本松ばかり放送しますが、私はこちらの方に惹かれます。この辺りは今泉地区らしいです。黄色い旗と大漁旗が翻っています。どなたがなさっているのか

気仙沼市の元吉から南三陸の歌津への道の脇に鮮やかなモニュメントがありました。全国から寄せられたたくさんの千羽鶴にペンキを塗ってかざってあります。彩が少ない被災地でみると、心が柔らかくなります。被災地アートとも呼ぶべきか

2012年 南三陸町 歌津。津波により破壊された町の跡。建物基礎、橋脚だけは部分的に残っています。ステキな神社がありました。この階段を駆け上がって助かった人もいたかもしれません。

神社からは地区が見えます。ここからかつての街並みはどんなだったんでしょう

2012年 福島、川俣町。人気のない町に咲き誇る桜。花弁が大きく本当にきれいです。道路の方へも枝も伸ばして、雨に濡れていました。まるで「こんなにきれいに咲いたのに、誰もみてくれない」と泣いているよう、来年は今より多くの人に見てもらえるよ、と声をかけました

2012年 気仙沼。九州出身の私ですら知っている気仙沼に来ました。

津波による被害はありましたが、それでもとても美しい所です。

大きな漁船!こんな大きな漁船は初めて見ました。仕事をしている人たちが多く、この街の活気に底力のようなものを感じました。

連絡フェリーで大島へ。 海から見た気仙沼は格別です。

東洋のベネチアは 気仙沼でした。唐桑半島も絵ハガキのようです!

2013年 丸森町 阿武隈川に沿った道。すばらしい水景です。サイクリングコースに最適です。

福島県の松川漁港、ここは大きな工業港でした。釣りをしている人達がいました。後ろ姿から漁師さんと思われます。漁ができなくて後ろ姿が寂しそう。

飯坂村への道の途中にお馬さんがいました。おなかが減っているようで、柵の周辺の草と食べてすっかり除草されていました。

全村避難の飯坂村。道路から見える山野の風景、人の手がずっと入っていたのがわかります。ドイツの村みたいです

2015年2月 岩手県大槌町 津波に耐えた学校校庭の桜が切られていました。

ここは少し高台になっていて、ひょっこりひょうたん島も見えるいこいの馬車でした。チロリン村という若者がやっていたイタリアンのお店も終了です。

残ってほしかったな、桜もお店も

2015年3月 陸前高田市、「山を動かす!未来への懸け橋」というスローガンで国による大掛かりな高台造成が行われていて、観光名所になっています。この場所は、東北の湘南と言われていました。その分、高台がなく高さ10mの津波に襲われ、多くの犠牲者がでました。

盛り土は、盛れば盛るほど不安定になります。前例のない高さの盛り土は大丈夫でしょうか?45号線は地盤沈下を起こし、雨が降ると冠水し、通行できなくなります。

住宅と商業施設は高台に移転し、この低地は養殖施設にできたのでは?

45号線沿いに、被災マンションが残っています。4階まで壊れていて、津波の高さが一目瞭然。それにしても、よく倒れなかった。ここの建設業者さんはご立派です

2015年12月 大船渡市盛町の朝市。外気温は2度です。

岩手県、山田町。建物の基礎だけが残った、更地のような町。まるで遺跡のよう。

重機や作業トラックは今に至るまで見かけません。遅すぎ、、、。丸木水産のすぐ脇にある防波堤、大津波はこれを超え、船がその上を超えたそうです。

2016年2月 岩手県大槌町のひょっこりひょうたん島、正式名;蓬莱島。

こんな近くまで行けました。大槌町には素晴らしい郷土芸能がたくさんあります。この廊下で神楽が踊るときもあるとか、まさに海の神楽、いつかぜひ見たい。

陸前高田市の天神の大杉、枯れてきました、、、

2016年 岩手県九戸郡普代村の大水門。東日本大震災で機能した唯一の堤防と言われています。

高さ以外に、角度、波返しの工法、、、精魂込めて造られたのを感じます。逃げ遅れた人のためにでしょうか、防波堤の外(海側)にも階段がありました

2016年6月、石巻市雄勝。「日本で一番美しい漁村」と言われていました。

海からの近さ、海と山の美しさ。納得するこのがあります。ここでも大規模な盛り土工事が行われています。以前の面影が残る町になってほしいです。

海には漁船が出ていました。海と魚があれば再生できるんですね。

災害後、最初に出店した三浦海産物店に以前の町の写真がありました。

またにぎわいが戻りますように

気仙沼市の復興商店街、冬なのでお客が少ないです。南三陸町の歌津商店街も。

船越湾には、早朝の漁を終えて、船が係留されていました。まるで白鳥のようです。

2017年3月 岩手県の防波堤建設現場。  長大な万里の長城を目指す大工事なのに、作業をしている人はわずかです

2017年3月 南三陸 戸倉地区。ここに慶明丸 という食事処があります。三浦さんがたった一人で始められました。「始めないと、ここは何もなくなってしまう」とおっしゃって。鮭の木彫りがとても雄々しく見えます。

そういう貴重なお店が、復旧道路で埋められていきます。こういうのが復興?、、、

偶然に、地域の獅子舞を見ることができました!長大なコンクリートの要塞はこの地域にはしっくりこないかなあ、地域の人が決めることですが

2017年5月、石巻へ向かう45号線。膨大なコンクリートブロックやテトラポットが延々と数十キロも並び、かつての光景はもう見ることはできません。それにしても、なんという量。海の生態系に悪影響はなければ良いのですが、、、

2017年7月 宮城県女川町、復興した、といえるのはこの町だけかもしれません。

 

この町には、海を隠す 高い防波堤はありません。早い段階で住民と行政が話し合って決められたかさ上げ分こそが防波堤なのです。 その他にも、海辺から高台へ車で逃げやすいように、道路は幅広です。避難階段、津波タワー。 女川町は「以前より素晴らしい町に」と現在進行形です

2017年8月 岩手県大船渡市 屏風のような防波堤。線路もつぶされ、バス道路に

以前の町がどんどん姿を変えていっているようです

2017年9月岩手県宮古市の45号線。防波堤の建設が進み、45号線から海は見えなくなってきました。もうすぐ、すべて見えなくなるのでしょう。45号線からの三陸の海岸美はとてもすばらしいのに、残念です。

この防波堤、コンクリートの部分は薄いし中は土で表面だけコンクリ、大丈夫かな?

3・11以前の三陸は、北に残っていました。普代村、以前は港に入りきれないほど、漁船がひしめいていたそうです。

洋野町の三陸鉄道、一度乗ってみたい、眺めは本当にすばらしいでしょうね。

2017年9月、山田町北浜の漁港。ここの防波堤は、壊れずにしっかり残っています。100%コンクリートのようです。陽が当たって暖かい。新しく防波堤を作るので壊されるそうです。中身が土のカミソリ防波堤より、こちらの方が良いと思います。高ければ高いほど不安定になるし、そもそも薄い。この高さをこえる津波の時は、高台避難で。

2017年9月 大槌町、赤浜の防波堤。巨大なコンクリートのかたまり。

壊れていないけど、ずれています。海の質量は計り知れません。

2017年10月 北上川沿いの45号線。これでもかとコンクリートが並びます。この道を走るのはとても気持ちが良いです。観光の魅力はやはり、そこしかない風景ですかね

2017年6月 こちらは岩手県宮古市鍬ケ崎の防波堤。屏風のようです。窓がついていて、しかも空いたまま、、、

2017年 宮古  鍬ケ崎からの眺めです。大きな防波堤ができて海が見えません

 この防波堤、厚くないし、ブロックを重ねただけ、しかも海が見えるように窓をつけたとか。女川町のようにもっと早く土地のかさ上げもすべきだったのでは

背後に昔の建物があります。大地震にも大津波にも耐えた強さ、美しい遺跡のよう

2018年5月 岩手県大槌町。いよいよ町の大改造が始まりました。

昔の防波堤は やはり100%コンクリです。 重機でも壊すのに苦労しています。コンクリを壊して土の防波堤、、、大丈夫かな

2018年7月陸中三陸の海岸線はほぼ防波堤で覆われました。全長400kmとか。あの美しい景色に、多くの人たちが癒されてきたと思うのですが