7月23日、首都圏ではTV報道がほとんどありません。支援物室がない、偏っていると現地の人から聞いて県外ボランティアはできなくても支援物室を届けられればと球磨村へ
今回の豪雨災害の被害も広範で、私の自宅は長崎県島原半島の最南端の町でここから熊本県天草へはフェリーで30分で行きます。天草から牛深へ。牛深からフェリーで鹿児島へ30分。 近いわ~これが 西日本
天気はどんよりした空、今回の雨は 大被害が出た7月5日の前から、その後もず~っと雨が続きました。
水が 山から吹きだし、坂道は 川となっています。 ダムは上流には良くても下流には危険です。
川を制御できれば、被害は防げると思っているのでしょうが、大雨の時は いたるところから水が噴き出してきます。 偶然、球磨村の区長さんにお会いできて支援物資をお渡しできて,帰路へ。夕方、1か月ぶりに晴れ間が!
2020年8月 球磨村へ 作業ボランティアができました。晴れと思ったらいきなりの雨、かまってられない!
球磨村の石垣はスゴイです。 この暴れ川を超える水にも壊れませんでした。先人の知恵に現在の技術が合わさった結晶のように見えます。東北のカミソリ堤防と揶揄されるコンクリート事業も参考にしてほしい。
(わかりますか~?川岸のそばで作業着を洗っているボランティアの男性がいます。この石垣がどれだけ大きいか)
2020年8月 球磨村 人吉~球磨村を結ぶ人吉街道。この直線部分は低くなっているようです。押し寄せた水位の高さを倒れた電柱が示しています。 球磨川そばの渡地区。まるで津波の後のようです
この地区を守っていたのが、この防波堤でした。昔のインフラは本当に丁寧に堅牢に作られています。今回の豪雨の雨量はアマゾンが2,3個分と言われています。球磨川をあふれさせる雨量にダムがどこまで有効なのか、
東北でも議論がありましたが、高台移転がベスト。 低地のインフラはそこの部分だけをかさ上げにしたら
2020年11月 熊本への支援物資を積んで九州へ、東北のリンゴも🍎 ただ積みすぎて寝る場所がない、、、、
夜で交通量が減ったころに首都圏を通過。夜中はコンテナ積んだトラックが多くなります。皆さん夜行性です。
夜に走ると、社会の見えない足元を支えている人たちの姿を見ます。
本州と九州をつなぐ関門トンネル。料金はうれしい150円! 車道のわきに、人や自転車が通れる道があります。 これこそ 理想的な道路だと思います
2020年11月 球磨村 コロナで県外ボランティアが制限されてしまったため、人気がなく、片付いていないです
球磨川鉄道の線路が埋め立てられて応急道路になっています。球磨鉄道はからの眺めはさぞ素晴らしかったでしょう。被災前にに乗っておくべきだった! 再開されることを願います
2021年5月山形と千葉県の人たちから頂いた鯉のぼりを積んで九州へ。
2011年東日本大震災後、5月には自然に被災地のあちこちに鯉のぼりがあがりました。私には復興に向かう象徴のように思えました。球磨川に鯉のぼりが泳ぐ姿が再びみられることを願っています。(すでにささやかな鯉のぼりいました)
人吉市大垣地区は壊滅的被害でした。住民の皆さんは仮設住宅で暮らされています。
自宅の解体を決めた人もいれば、修理して元の家に住もうとする人、畑を再開している人もいました。災害に遭っても、家を再建し、畑を始める。日本人の源流をみたきがしました。
被害がひどく、広範囲なため、復旧もまだまだです。川には土砂もたっぷり、これを除かないと大雨でなくても川が氾濫してしまいそうです。
古くからある石垣は多くが残っていますが、比較的あたらしいコンクリートブロックは壊れて無残です。
2023年12月鹿児島から熊本への人吉街道。 3年半たっても復旧工事は中々進みません。